東亞寫眞タイムズ

The photographer

少年時代に憧れていた仕事は画家とか写真家。今考えると、どっちも才能はないのですが。

父と親交のあったフリーの写真家がいて、その人を訪ね、「どうしたら写真家になれるか?」を聞いたことがあります。

当時16歳、高校中退して彷徨っていた頃。

 

50歳くらいの大男で、ミッキー安川さんのような風貌、元陸軍の報道班員。少し危ない地域の小さいボロ家に独り住んでいました。「写真家になりたい? 金が欲しいならやめとけ。それでも好きで、真剣にやる気あるなら俺のところに来い。給料は払えん。手弁当だ。その代わり、写真のいろはから叩き込んだる」と、両切りのピースをくわえ、薄ら笑いを浮かべながら。

そして、きれいな中国娘の写真を見せてくれました。着衣、半裸、全裸の順です。「未成年の君には見せられん写真もある。これは大陸で撮った娼婦の写真だ。おじさんは戦後、食うに困ってこんな写真を売り歩いていた。夜の街でだ。」

 

戦後に雑誌の元モデルと結婚したのだそうですが、せっかく就職した地元の新聞社を喧嘩してすぐに退社、フリーに。しかし、その日暮しの生活に耐えられなかった奥さんは映画館経営者の二号に鞍替え。その映画館経営者をタコ殴りにして逮捕された時の身元引受人が私の父でした。

 

写真家になりたい希望はそれで雲散霧消。気ままな職人だった父と少しも変わらない人種、母を苦労させた男と同じようになりたくないと思いました。

 

写真家は数年後に他界しました。肝臓を患っていたようです。「見せられない写真」を見せて欲しかったのに・・・・。

ところが、それは父に譲渡されていたのです。父が他界した時、遺品整理にあたった堅物の兄が「猥褻図画」と決めつけ、あろうことか焼却処分。残念至極。写真を全部見た兄、「あんなもん、くだらん。」と一言でバッサリ。なんとも面白くない男であります。

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