東亞寫眞タイムズ

仁義なき・・・

東映映画「仁義なき戦い」の舞台となったのは呉市です。広島市と勘違いされる方が多いのですが、それは2作目の「広島死闘編」からです。そこから関西の組織も関係し、大きな抗争に発展していきます。

故松方弘樹さんが演じた坂井鉄也のモデルとなったやくざは仲間の衆から愛称「てっちゃん」と呼ばれ、呉の繁華街である中通り近くの川べりに事務所を構えていました。鋭い頭脳と度胸を備え、喧嘩は無敵だったそうです。37歳にて事業を複数経営し、伸び盛りの真っ最中に、写真中央、マクドナルドの少し先を右に入った狭い通りで、ビリヤード場から出たところを二人の組員に襲撃され、アーミーコルトの銃弾6発を浴びて死亡しました。昭和34年の事件ですから、私はまだ小学校に上がっていない頃です。

 

現在はれんが通りと呼ばれ、歌にもなりましたが、時代の変化には勝てず、シャッターの目立つ閑散とした商店街に。地域の皆さんが再生に尽力されているようです。昔は枝の路地に飲み屋街があり、海上自衛隊員や造船所の工員たちの遊び場所でした。私は最終学校が呉だったので、この場所は学校帰りによく立ち寄りました。当時は角刈、ダボシャツに雪駄履きの兄さんも歩いていたりして怖い印象はありましたが、街は活気があり、栄えていたように思います。正直言って、少々危ないほうが楽しかったような気もします・・・。

 

なお、広島と呉では若干方言が異なりまして、文太兄ぃや松方さんが劇中で使っていた「〇〇しちょるんか?」などの言い回しは呉地方の方言です。呉は旧海軍鎮守府がおかれていた街ですから、各地の方言が混じったのかも知れません。ちなみに、広島育ちの私は「〇〇しとるんか?」と言います。

 

今もよく、休日にここを訪れ、フライケーキを買ったり、お好み焼きを食べたりしています。ふと路地を見やると廃業したスナックの看板。ドアが突然開き、極太ストライプのスーツに身を包んだ強面の大男がエナメル靴を鳴らして出てきそうな錯覚を覚えることがあります。私が想像するその筋の人は故阿藤快さんのような感じ。超リアル、ド迫力があると思いませんか?

 

最後に映画の中の名セリフをより完全な呉方言に。

「おやじさん、云うとってあげるが、あんたは初めから、わしらが担いでる神輿(みこし)じゃないの。
組がここまでなるのに、誰が血流しとるんや。神輿(みこし)が勝手に歩けるいうんなら、歩いてみないや、
のう!」

「おやっさん、ゆうちょったげるがぁ、あんたぁ初めからわしらが担いじょる神輿じゃあないの。組がここまでなるのに、誰が血ぃ流しちょるんや。神輿が勝手に歩けるゆうんなら歩いてみないや。のぉ!」

巻き舌で、アクセントを頭に置き、語尾を下げて発音するとパーフェクトです。

 

 

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