東亞寫眞タイムズ

天変地異

続けざまの台風被害にて日本列島は大きな打撃を受け、報道によりますと、台風19号では犠牲者79名、未だ行方不明の方もおられるとのこと、非常に心が痛みます。また、被災された皆様の困窮、日々の苦労は想像を絶するものがあり、何か出来ないかと思うものの非力の私にやれることは少額を義捐金に差し出す程度でありますが、それでも私のような者が1000人、5000人と集まれば、まとまった金で被災地を支援することが可能になろうかと。皆様もぜひ小さな善意で静かなる支援にご参加ください。

 

台風には想い出があります。小学校3年生の2学期、その日は父兄参観にて給食のない日(親と一緒にお弁当開く)で、朝からやや吹き降り気味の雨だったのが、お昼頃には激しい風雨に。担任教師(男)は午前中の授業が終わると、「お弁当の無い人は家に帰って食べて、また戻るように」と指示。私は親も来ず、弁当も持って来てなかったので、傘も用無しの豪雨の中を歩いて帰宅。誰もいない家で一人で昨夜の残り物おかずに飯食って・・・でも、風雨は一層激しくなる一方。洗濯した着替えもなく、パンツ一丁になってそのまま寝転び、学校に戻りませんでした。風雨が収まった夜になって担任ではない若い教師が自転車に乗って訪ねて来ました。イーハトーブから出て来たような朴訥な農村青年風教師は「学校に戻らなかったと聞いて無事をたしかめに来た」とのことで、「よかったぁ~」と言いながら親に一礼すると笑顔で帰って行きました。

担任は私の不帰校を怒るだけで、悪天候の中を帰らせたことも川に落ちるなどの事故に遭う危険性もまったく頭になかったらしく、見かねたイーハトーブ先生が生存確認に。台風が近づくと思い出す、生涯忘れ得ぬ先生です

なお、今だったら大きな問題になりますが、当時は父兄や生徒の自己責任部分が大きく、中学では忘れ物を自宅に取りに帰る途中の女子生徒が踏切で列車に轢かれて死亡という事故もありましたが、それとても本人の不注意ということでおしまいでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




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