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あの人

ザ・ワイルドワンズのシングル「青空のある限り」のB面に収録されていました。加瀬邦彦さんの12弦ギターによるイントロが心を震わせます。湘南サウンドと呼ぶのはこんな曲でしょうか・・・。 鳥塚さんの抜けるような高音はこの曲によく合ってて、とても爽やかです。

 

この曲の最後は「好きだから僕はもう会えない あの人に僕はもう会えない」で終わります。きっと自分から別れを告げたのでしょう。 胸がキューンとなりそうな甘酸っぱい歌詞は、青春時代の爽やかな感傷を呼び起こしてくれます。ネットで探すのは難しいですが、機会あらば一度聴いてみてください。きっと、遠い過去に置き忘れてきた何かを思い出させてくれることでしょう。 

 

あの人にさよならとくちづけした 

街角の空を風が吹く 

あの人の幸せを祈りながら 

帰る街角に風が吹く

みんな知らないで僕を見て 

どうしたの どうしたの 泣いてるのかい

あの人は優しくて素敵だった 

透き通る朝の星のように

 

作詞 岩谷時子 作曲 加瀬邦彦

 

 


初めての

ブログを書かせて頂くようになってから2か月以上経ちました。文を考えるのは苦でなかったのですが、話題を思いつくのは結構大変です。掲載してから1日経って自分で面白くないなあと、削除したことも数回。昨日書いた分もそうでした。 「だいじょうぶだ、誰も読んでないから」との声がどこかで・・・でも、そんなことおっしゃるあなたはしっかり読んでますよね。 

 

ところで、突然ですが、初体験の相手はどんな人でしたか? プロ、初恋の人、はたまた行きずりとか、いや、俺は妻一筋だとおっしゃる方も当然おられるでしょう。

 

友人には叔母だったというやつもいます。別な友人は教師。この方、私も英語を教わったのでよく存じております。おしゃれで長身の美人でした。 私は近所のお姉さん。

バレエやってて、ややきつい感じのする美形。多くは語りません。なぜなら、記憶は都合よく編集されるものだからです。 そのお姉さん、やがて良縁がまとまり、嫁いで行かれましたが、その少し前に、駅ビルのレストランでカレーライス食べてたら、お二人が少し離れた席で楽しくデート中。

 

「あっ」と思った瞬間、お姉さんと目線が合ってドキッ。目礼し、あわててカレー皿に視線を戻し、一心不乱に食ってたら、そばに人の気配。

「××君!」と彼女が立っていました。やや顔が引きつっています。私も立ち上がり、「結婚されるそうですね。おめでとうございます」と頭を下げました。 少し離れて立っていた相手の男性も答礼。ところで彼女、「家族の皆さんはお元気?」から始まり、ずいぶん饒舌。おいおい近所に住んでるのに知らないわけないだろう・・。

 

ここですべてを悟った私は「ごめん、飯食ったら約束あるんで」と会話を打ち切りました。彼女は気にしていたのです。私とのことを。「お願いだから胸にしまっておいて」と目が語っていました。 もちろん、いらんことを言うわけがありません。 男性に気づかれないように了解の暗号送信、大急ぎでカレーをやっつけて、その場を去りました。

今なら笑って話せるようなことです。しかし、当時は破談になりかねない危険がいっぱいだったのです。「処女でない女は汚れている」と平気で言い放つ男性が大勢いました。中高年以上の方なら心当たりが、きっとおありかと。

 

そうそう、彼女には弟がいて、そいつとは今も親友であることを付け加えておきましょう。

 

 


都会

ザ・タイガース。GS時代の末期にヒットした「都会」。ジュリーの甘く切ないヴォーカルが多くの若い女性を虜にしました。

 

その頃の私・・・・・15歳の少年。高校は1学期でさよなら。街で知り合った不良仲間が住んでたアパートの隣にバス会社の寮。 付近の路上で煙草吸ってたら、寮の二階から顔出した可愛いお姉さんに声をかけられました。「あんた、いくつ?」と。「お前に関係ないだろ」と返すと、「子供が煙草吸ってるって警察に通報するわよ」と・・・・・そこから友達になり、おつきあいすることに。 彼女は長崎県の離島出身、高校を出てバス会社に入社1年目。つまり、私より3歳上。やや色黒でしたが、大きな瞳と長い髪、小柄でキュートな女の子。お茶目であっさりしてて、飾りっ気のない性格にすごく惹かれました。でも、翌年に退社して帰郷。 その後1度だけ手紙をもらい、それきり音信は途絶えましたが、10年後にまさかの再会。 

 

勤務先の忘年会の後、同僚に誘われて行ったピンクサロンで偶然私たちの席に付いたのが彼女。「ええええ?」と驚く私。 バスガイドなのにお国なまりがひどく、先輩に虐められたのが退社の原因。いったん郷里に帰ったものの、日々自分らが食べるのがやっとだった親から疎んじられ、姉を頼って長崎に。水商売で働いてるうちにろくでもない男に引っかかり・・・・その後紆余曲折あり、初めて働いた街に舞い戻ってこの商売に流れ着いたのでした。 十代の頃の清潔な印象は最早なく、すっかりプロの女。 

帰郷の時、「もうつきあえんけん、ごめんね」と、肩を震わせて泣いた可憐な女の子の面影は雲散霧消していました。 つくづく世の無常を感じた次第です。

しかし、彼女と出会わなかったら、私はドロップアウトのまま、学校生活に戻ることはなかったと思います。「高校ぐらいはせめて出とらんといかん」と諭してくれたのは彼女でした。 

 

今も「都会」を聴くと、最初と10年後の彼女の顔が、ビフォーアフターのごとく交互に脳裏をよぎります。 

 

あなたが消えた この街を歩けば

今日もたそがれ さみしくせまる

孤独な僕を やさしい心で

いつもあなたは 愛してくれた

それがなぜ 今はひとり

帰ってと帰ってと 叫んでみても

都会は何も こたえてはくれない

今日も人波に 流れてゆくよ

 


The Last Waltz

「ラスト・ワルツ」 ご存知の方も多くいらっしゃることでしょう。エンゲルベルト・フンパーディンクが歌った珠玉の一曲です。 この歌が巷に流れていた1967年当時、私は中学生でした。母親が亡くなり、心は空っぽ。勉強などまったくやる気もなく、学校サボって街に出て、公園や川べりでぼんやり過ごしていました。少年補導に引っかかったこともあったりして、そりゃ大変でした。

 

自作の短波受信機で海外放送を聴き始めたのもその頃で、シンガポール経由のBBCから流れる「ラスト・ワルツ」は雑音だらけでしたが、とても感動したのを憶えています。当時は歌詞の意味などわかるはずもなく、ただただフンパーディンクの美声と親しみやすいメロディに聴き惚れていたのみ。後年、英語の歌詞をじっくり読んで、恋の始まりと終わりを歌っているのだとわかりました。 歌詞/訳詩は誰でもネットで拾えるので省きますが、特にサビの部分を聴くと、今でも胸が熱くなります。

 

I had the last waltz with you
two lonely people together
I fell in love with you
the last waltz should last forever

 

 

 


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プロデュースって?

妻を撮って他人に見せたらどんな反応かと、面白がって始めたのが投稿写真です。初めはヌードを撮りました。褒められてすっかり興に乗り、いろんな衣装、アレンジで撮影してるうちに、私の知らなかった大人の女を妻の中に見つけました。 それで、本来の性格とは全然違う、ツンとしたセレブ風の女に撮ってみようと思いました。 これも私が見たことのない妻でした。

 

まだ投稿経験のない方、ぜひ一度試してみてください。それは非常に楽しいものです。写真に撮るだけですから、古着でも構わないし、ハイヒールもヤフオクの中古買って荒っぽい塗装で赤に塗ったり黄色に塗ったり、自由にできます。ダサいロングの古スカートに鋏入れて裾をジグザグにカットしたら、とってもクールに変身。 「いやあ、うちのはスタイルいまいちだから」と躊躇される方、全方位良好の女性なんてめったにいません。大抵どこか難があります。そこは避けていいとこ撮り。

 

友人の奥さんを撮ったことがあります。小柄で太目でしたが、長い髪をかき乱し、大きく展開。目をいっぱいに開いてもらって、少し上のアングルから撮ったら、アジアンビューティーに大変身。亭主はたまげました。

 

他人の投稿写真に「作っている。自然じゃない」とかの水差しコメント入れる方もおられますが、個人の自由だし、非日常だから楽しいのです。ふだんの妻を撮るなら、それは地味なスナップ写真で、ちっとも楽しくありません。他人から見たらなおさら面白くないでしょう。 無責任な放言は気にせずに異次元空間を楽しみましょう。

 


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降る雪や

・・・・は遠くなりにけり・・・そういうこと言うのはやめておきましょう。どうも昔ばかり懐かしむようになっていけません。 寒波到来、東日本は雪に見舞われましたが、私が住んでる西日本は雪どころか、スーツ姿で街を歩いてる人も見かけましたけど。 

 

子供の頃、ラジオで聴いた「雪の降る街を」。 雪を題材にした歌の中では最も情景描写に優れていると、中学時代の国語教師が言っていたのを憶えています。 

私は失恋の歌だと確信しております。雪は心の中を降りしきっているのだと。

 

雪の降る街を 雪の降る街を
想い出だけが 通りすぎてゆく
雪の降る街を
遠い国から 落ちてくる
この想い出を この想い出を
いつの日かつつまん
温かき幸せのほほえみ

 

内村直也作詞・中田喜直作曲

 

 

 


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ハッシャバイ・シーガル

淋しさを癒すのに 俺は何をすればいい

潮風の町に来て 飛び立つかもめ見つめている

 

”ハッシャバイ・シーガル”は、1982年公開の邦画「TATOO<刺青>あり」のエンディング曲です。主演の宇崎竜童が歌ってて、すごくハードボイルドでやけっぱちで、かっこいい曲。とても感動しました。オリジナルはイントロなしでいきなり歌い出し。ドスが効いた声、間奏のピアノプレイが泣かせる「男のバラード」です。 

どこかの岸壁で潮風を浴びながら歌ってみるといいですね。いつのまにか竜童になりきってたりして。

映画の内容はwikiでも読んでください。37年前に起きた銀行人質事件を題材にしています。

 

そんなに何を生き急ぐのか 

ハッシャバイハッシャバイシーガル

同じさ俺と 阿呆鳥さ

ハッシャバイハッシャバイシーガル

 

作詞 阿木燿子 作曲 宇崎竜童

 

 

 

 

 


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さよならだけが人生だ

 

唐代の放浪詩人、于武陵の詩です。 井伏鱒二が名訳を残していて、そっちがすっかり有名になってしまいました。 胸にずしーんとくるものがありますね。 

    井伏鱒二訳

      勧  酒   于武陵

        勧 君 金 屈 巵
        満 酌 不 須 辞
        花 発 多 風 雨
        人 生 足 別 離

      コノサカヅキヲ受ケテクレ
      ドウゾナミナミツガシテオクレ
      ハナニアラシノタトヘモアルゾ
      「サヨナラ」ダケガ人生ダ

 

   意訳 

       酒を勧める

       君に黄金の大杯を勧める
       なみなみと注いだこの酒を遠慮するな
       花開けば風雨に遭うものだ
       人の一生は別離ばかりだ

 

 

 

 

 


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激古 KONICA

1960年代初期のコニカEEマチックです。 廃業した写真機店の老主人から譲り受けた物です。

20数年前のその当時でも二束三文でした。ヘキサノン40mmf2.8が付いています。 修理で預かったが、引取りがなく、そのまま20年近く経過。 所有者は当時20代の青年だったそうです。何度も連絡を試みたが、なしのつぶて。修理代が捻出困難であったのかも・・・という推測でした。 

 

これで何か撮ろうと思ったことはありますが、面倒なので実行に至りませんでした。 古いカメラを好む人もおられますが、大抵は眠い写真しか撮れません。レンズコーティングも劣化しているし、シャッターは油が回って動きが鈍くなっていますから、常に露出オーバーになります。それに遮光材のモルトブレーンもボロボロ。ということで、古いカメラやレンズをご購入の際は十分注意してください。 高くても信頼のおけるお店を利用されることをお勧めします。

 

すでに他界された老主人の顔を思い出すと、捨てるにしのびなく、自室の棚に置いてあります。これからもずっと鎮座することでしょう。 少なくとも、私があっちへ行くまでは。

 

 

 

 


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故郷の空

生まれ故郷へ帰ってみました。かつて通った小学校は建て替えられ、横の道は舗装されていました。

でも、そこから見える山の形は変わっていません。青い空、往く雲もあの頃と同じです。 目を閉じると、形容し難い感傷が押し寄せてきました。 

あの山の向こうに未来があると信じていた。 もし過去に戻れるなら、二度と会えない優しかった人々に、僕の未来がどうだったか教えてあげたい。

 

        山のあなたの空遠く、
        「幸」住むと人のいふ。
        ああ、われひとと尋めゆきて、
        涙さしぐみ、かへりきぬ。
        山のあなたになほ遠く、
        「幸」住むと人のいふ。

 

        カール・ブッセ 山のあなた   訳 上田 敏

 

 

 

 


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スナップシューター

愛用のコンデジでスナップを撮ってみました。 近頃は迷惑防止条例とか面倒な規制ができて、知らない人を撮ることは難しくなりました。昔は海水浴場で女の子撮りまくってるおじさんなんて珍しくなかったのですが・・。

 

街角スナップが好きなので、いつもカメラを持っています。 行き交う人々をカメラに収め、時代を記録するというと大げさですが、これも素敵な写真の楽しみ方だと思っています。

 

きれいなおねえさんを見つけたらシャッター。でも、運悪く警察を呼ばれる可能性もあります。そこで皆さんの奥様や恋人に街を歩いてもらって、距離を置いて適当に撮ってみてください。新たな魅力が発見できるかも。 

 

海外でもしばしばスナップを撮りましたが、いつか欧州の空港で見かけた美しいご婦人を撮ったら(無許可)、優雅に微笑んで、「あら、もっとたくさん撮ってよ。後で画像見せて」とメールアドレスを頂いたことがあります。 またある時は、東南アジアの某国で路上に立っていた、美人だけど貧しそうな若い女性を撮ったら、何とも魅力的な笑顔とともに、モデル料10ドルを堂々要求。笑顔料を10ドル乗せて上げて20ドル。互いに手を振って別れました。 Have a nice day !

 

 


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お雑煮

皆様、明けましておめでとうございます。

 

お正月はいかがお過ごしでしょうか? 私はどこへも行かず、訪れる人なく、静かな新年を迎えました。

年末に中古のレンズを安く買ったので、お雑煮を撮ってみました。 うちでは鰹だしのおすまし仕立てです。

私に限ってですが、肉類を入れないのと、焼いた丸餅を放り込みます。 妻子は、ゆでた餅と鶏肉が好きです。

 

なお、購入したレンズは18-55mmf2.8-4.0標準ズームです。 安価な割に性能のいいレンズです。スナップ撮影に使おうと思っています。

 

どうでもいいけど、明日から仕事。またクレームや納期催促と格闘の日々が始まります。 お互い健康維持に努め、今年も頑張りませう。

 

 

 

 

 


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Auld Lang Syne

「オウルドラングサイン」と読みます。某国営放送の朝ドラでご存知の方も多々いらっしゃるかと存じますが。

スコットランドの古い曲で、向こうでは誰もが知る「再会を祝す歌」だそうです。 日本では「蛍の光」。 古い歴史があり、学校だけでなく、旧海軍は「ロングサイン」と呼んで、兵学校などの卒業式や艦の出航時に軍楽隊が演奏していました。 しばしばお別れの場に使われますが、正しくは見送りの曲と呼ぶべきでしょう。

 

旧友は忘れていくものなのだろうか 古き昔も心から消え果てるものなのだろうか 友よ 古き昔のために 親愛のこの一杯を飲み干そうではないか

 
   しかし、パチンコ店やスーパーの閉店時に流れる三拍子のメロディが多くの人の頭にこびりついているようです。実は私もその一人。
   「またのご来店をお待ち申し上げております。ありがとうございました。」 
   あれは「Auld Lang Syne」を戦後に米国でアレンジした「別れのワルツ」で、文部省唱歌の「蛍の光」ではありません。ちなみに原曲は四拍子。

年の終わりに歌ってみませんか? 朗々と正調「蛍の光」を。

 

蛍の光 窓の雪 書読む月日 重ねつつ いつしか年も すぎの戸を 開けてぞ今朝は 別れゆく

 

皆様、よいお年を。

 

 

 


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昭和の残影

昭和50年代、新卒で上京したばかりの私は寮住まいでした。賄いが廃止されていたので、近所の食堂で夕食を済ませていました。バツイチ三十代の綺麗なおねえさんが店を手伝っていて胸わくわく。 それはともかく、鯖の味噌煮が上手かったこと。経営者の故郷、新潟の米で炊いた飯も最高でした。

 

ここで、話は変わりますが、ある夜、そのバツイチ美人の元亭主が店にやってきて、こいつがすっかり出来上がった状態。嫌がるおねえさんの髪を引っ掴んで外に連れ出そうとしているではありませんか。横で飯を食っていた私、速攻で酔漢を制止。顔を殴られ、路上に出て取っ組み合いの喧嘩、最後は双方お巡りさんのお世話になりました。 酔いが覚めた元亭主、存外気の弱い、人のよさそうな男で、最敬礼で何度も謝って、すごすごと帰って行きました。彼もかつては食堂の客だったのです。お互い惚れあって結婚まではよかった。しかし、写真が趣味の彼、給料安いのに次から次へと高価な機材を購入、撮影旅行に仲間と出かけては散財・・・身に覚えのある御仁も、あるいはおられるかと・・・・結局、生活が破たん。美人嫁逃げるという末路を迎えました。  遠い昭和の思い出は食堂の懐かしい匂いとともに蘇ってまいります。

 


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ブルースハープ

10ホールズハーモニカとも呼びます。これは息子が高校生の頃に吹いていた独ホーナー社製の「ブルースハープ」です。

年末の大掃除をやっていたら出てきました。 演奏を試みましたが、私には到底無理、未知の世界でした。

練習している時は、うるさいなあとか思っていましたが、ある日のこと、「北の国から」を完奏。心震わす切ない音色に胸がじ~ん。

もう一度聴かせて欲しいのですが、今は遠くにいて、家に帰ってくることはほとんどありません。

 


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きんつば

きんつばが大好きです。子供の頃、近所の駄菓子屋で売っていたきんつばの形はサイコロを大きくした、完全なスクエアでした。10円玉握って買いに行ったもんです。 

写真は東京の花園万頭さんの栗きんつばです。新横浜駅で買ってきました。ほどよく炊いた栗が一個まるごと入ってて、甘過ぎない大人の味。 香り高い煎茶とともに美味しく頂こうとした矢先、予期せぬ飼い猫の襲撃。 不遜にも前足でこの高価なきんつばを踏み潰すという暴挙に。

現在、残骸を食すべきか否か、思案中です。 

 


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小さなカメラで

いつもコンデジを持っています。駅、空港、ホテルのロビーで、何でも適当に撮ります。 もう少し綺麗な画像が欲しいので来年からはX-M1にパンケーキレンズ付けて、持って歩こうかと思っています。18mmF2が欲しいです。もっとも中古でも3万以上・・・しばし考え中。

 

旅先で何気なく押すシャッター。後で見ると、特に何年も経った時、懐かしさがこみ上げてきます。出会った人々、風景、その時々の様々なエピソード等々、いろんなことを思い出しながら、コーヒーカップ片手にしばしの感傷に浸る・・・・なんと贅沢な時間ではありませんか。

 

大好きな人は別として、一眼レフを持ち歩くのは重くて大変です。ン十万もするフルサイズ機を首からぶらさげ、それには、これまたン十万のF2.8通しの神と呼ばれるズームが付いてて、「いつでもどうぞ襲ってください」と言わんばかりに海外の危険地区を被写体探して歩いてる日本人のおじさん。見かねて注意して差し上げたことがあります。 

 

疲労と危険の心配なく、旅先で素敵な作品をどんどん撮りたいと思われるなら、私のお勧めはリコーGRです。これならジャケットの内ポケに何とか入ります。 旅先だけでなく、職場やさまざまなイベントでも、周囲の人々を刺激せずに手軽にシャッターが押せることでしょう。とかく批判の多い食べ物撮りだって素早くサッと。 

以前、リコーGX200,GRDⅣを使っていたことがあります。どちらも優秀なコンデジでした。欠点は暗い所がやや苦手だったことくらいと記憶しております。

 

その進化したモデルが単焦点のGRですが、すでにGRⅡが発売され、GRの中古価格も4万くらいまで落ちていますので、少しの努力で大抵の人に手が届く値段になりました。 多くの皆さんが「ズームが無いと不便」と思っていらっしゃるようですが、コンデジズームのテレ端は記録用写真にしかならないと、私は考えます。あっさり単焦点で勝負、ズームは被写体に歩み寄ることで代用と割り切りましょう。 GRレンズが生み出すクリアな画像はとてもとても魅力的です。 

 

リコーのコンデジ、金に困って2台とも売り飛ばしてしまいましたが、いずれまた入手したく、しかし、家族への説明にきわめて論理的かつ明確なプレゼンを準備せねばならず、目下懊悩に苦しむ日々を過ごしております。

 

GRDⅣで撮影

 

 


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Myカメラ

皆さんはどんなカメラをお使いでしょうか? 私のカメラは富士フィルムのX-E2です。 35mmf1.4単焦点を主に使っています。

他にX-M1も所有していて、レンズは60mmf2.4マクロと55-200mmf3.5-4.8の望遠ズームがあります。

下の写真はX-M1+60mmマクロで撮影しました。 60mmはAF速度が遅く、慣れないと使いづらいです。しかし、本体の汚れやピントリングの細かいゴミまで写ってますね。 

私はカメラやレンズの手入れなどほとんどしません。撮影に支障ないからです。それよりも、細かいことを気にせず、裸で鞄に放り込んで、どこへでも持って行きたいです。  

 

カメラはこれまで何度も買い換えました。以前の主力はNIKONでした。結論から言うと、どれも一長一短。 結局どれでもいいんじゃないかと思ったりしてます。テクノロジーの進化が著しいので、ずっと同じカメラというわけにも行きませんが、上手に使えば、最初に買ったデジタル一眼のD40Xでも、投稿画像だったら、今使っても全然問題ないように思います。

 

カメラが無いので投稿は・・・と思っていらっしゃる方、2万くらいでも中古のレンズ付き一眼レフが入手可能ですから、ほんの少しの投資で済みますので、ぜひご一考を。 それから、撮り方に「こうでなければいけない」ということはありません。ご自身の感性で自由に撮られたらよいと思います。

 

構図やアングル、カメラの設定。そんな面倒な細かいことは考えず、ひたすら撮りましょう。難しいことは撮ってから覚えましょう。

 

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孤高

「孤高の人」という小説があります。学生時代に読んで感銘を受けた本のひとつです。 

32歳の若さで北アルプスに散った市井の登山家、加藤文太郎の生涯を描いた名作です。著者の新田次郎は元気象庁職員で、富士山測候所に勤務していた当時、加藤に会っています。

 

「韋駄天の加藤」の異名を持つ彼は、もの凄い速度で富士山頂へと登ってきたそうです。 またの名を「単独行の加藤」と呼ばれ、常に一人で山に挑みました。しかし、最後は厳冬期の槍ヶ岳北鎌尾根にて遭難。それは、はじめて仲間と二人で組んだ山行でした。

 

御殿場に商用があり、通った道すがら、手持ちのコンデジで冬富士を捉えました。

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銀河鉄道

先ごろ、ドイツを訪れる機会を得ました。 フランクフルト中央駅のプラットフォームには巨大な天井が被さっていました。 隅っこに古い駅の建物がくっついているので、ずいぶん後に設置したものと思われます。 

 

夜、異国の停車場でひとり列車を待っていると、とんでもない想像が頭を駆け巡ります。 まさかここは銀河鉄道の始発駅ではないか?・・・・そうすると列車はあっちの世界へ? 「まだ早いと思うんだけど・・・」 そんなこと考えている間にICE(都市間特急)が滑り込んできました。 目的地デュッセルドルフまで2時間近い旅となります。

 

ドイツの鉄道では改札がありません。うまくやればただ乗りできます。しかし、車内検札で見つかると、問答無用で正規料金以外に40ユーロの罰金を請求され、払わないと警察に引き渡されるのは当然の処置です。 ローカル線では買った切符をプラットフォーム上のスタンプ機に通しておかないと不正乗車になります。

 

少しだけでもドイツ語を覚えておくと交通機関を利用するのに便利です。 Flughafen(空港) Hauptbahnhof(中央駅)・・・hbfと省略。

空港はフルークハーフェンと発音します。中央駅はハウプトバーンホフ。 これだけわかっているだけでも、知らない言語の不安からかなり解放されます。

 

テロ事件で欧州旅行を控えておられる方も多いと思いますが、見どころ多く、食べ物が美味しくて比較的安全、やや無愛想だけど、サービスがしっかりしているドイツは日本人にとって快適に過ごせる国のひとつです。 是非一度訪れてみてください。 

 

余談ですが、日本人女性の集団がホテルの朝食の「バイキング」を何皿もてんこ盛りでテーブルに並べているのを見かけたことがあります。一度ではありません。

欧州では基本的に一皿をテーブルに置き、食べ終わったら次をとりに行きます。そして、とった食べ物は絶対に残してはいけません。それがマナーです。 

 


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モーニングコーヒー

最近アマゾンで買ったイタリア軍のコーヒーカップ。ずっしり重くて頑丈。胸章(たぶん)がプリントされています。重いカップで飲むと、ひと際コーヒーが美味しく感じられるのは私だけでしょうか? 

 

イタリア軍から連想するのは「コレリ大尉のマンドリン」というニコラス・ケイジ主演の映画です。相手役がペネロペ・クルスだったかと。 ストーリーは1943年にギリシャの美しい島で起こった事件をもとにしていて、内容がやや厳しいので、ここで語るのはやめておきます。

 

そこからさらに連想、古い思い出に行きあたりました。

新卒で配属された部署の先輩が某大学マンドリンクラブ出身で、ある日、母校の定期演奏会を聴きに行かないかと誘ってきました。当時は日曜日が暇だったし、断る理由もなく、都内の古いホールで観賞させて頂きました。 その時の演目で印象に残ったのが 「無線電信第一連隊」。明るくて軽快なイタリア軍の行進曲です。マンドリンのために作られた曲だそうで、コレリ大尉もきっと演奏したことでしょう。 朝のコーヒーでも楽しみながら一度聴いてみてください。その日はとても楽しい気分になれるかも知れません。 

 


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リコーオートハーフ

リコーオートハーフをご存知の方も多いと思います。 25mmf2,8 簡単操作のカメラです。

小さくて、女性のバッグにしのばせて、好きな時にさっと取り出せる。とはいえ、300gを超える重量ですから、今の基準だと少々重いですね。

ピント操作がなく、距離指標を合わせ、目測で適当に撮る。つまり「写ルンです」と同じ。性能は「写ルンです」が、かなり上です。

されども、このオートハーフ、中学時代の憧れでした。デザインがとてもモダンで、見てて飽きません。

60年代の日本は世界水準に追いつくべく、各業界とも必死の努力で製品を開発、驚異的な速度で優れた技術を生み出しました。

その代表選手がカメラです。ベトナム戦争の時には米軍の報道班もニコンを使用していたそうです。

 

写真のモデルは65年頃のものかと思いますが、機械としての作りはしっかりしていて、組立精度の高さに感嘆します。

この頃は中卒の女子工員さんたちがラインに並んで組立てていました。金の卵と呼ばれた集団就職の時代です。

そう、喫茶店やレストランでも中卒の女の子が働いていたし、誰もかれもが高学歴の今とはずいぶん違います。

長い間に労働者の年齢層が大きく上にシフトした感があり、やはり高学歴化と高齢化のダブルの影響でしょうか・・・。

 

レストアして撮ってみようと思いましたが、実用にはなり得ず、あまり意味のないことで、このまま棚に飾っておくことにしました。

眺めながら、日本人が全力投球した、あの遠い時代に想いをはせるのもまた一興かと。 

 

                   DSCF6750.jpg


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ミラボー橋  

Le pont Mirabeau ミラボー橋

ミラボー橋の下、セーヌは流れる
そして私たちの愛も流れ去る
辛い思いの後にはいつも愛の喜びが訪れたことなどを
思い出して何になる

 

シャンソンが好きです。遠い郷愁を感じるのです。拙者、さては前世は仏蘭西人であったかと勝手な空想。

実はそうではなかったようで、7歳上の兄の証言によると、幼少の頃、隣家に住んでいた女子大生がいつもレコードでシャンソンを聴いていたそうです。

それがボロ家の薄い壁を通して聞こえて来て、いつしか頭の中に焼き付いたのでしょう。 記憶に最も残っているのがミラボー橋。

5歳の子供だった私はこのフランス語の詩を耳で完全に覚え、しかも巻き舌で歌えたらしく、その女の子を無茶苦茶に驚かせたそうです。

もちろん、今は完全に忘れています。 それどころか、フランス語など皆目わかりません。 隣の家族は私を神童と呼んでいたらしいのですが、

私の母は「んなわけないだろ!」とバッサリ。  母は間違っていませんでした。 

 

鐘が時を告げ、夜が訪れても
日々は過ぎ去り、私はひとり残される

                  


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Good-by morning

ああ、褪せた夕陽に包まれて 今 昔の僕を捨てよう 雨に濡れて届いた手紙も 愛した人さえも・・・・

この曲はサンディーという女性歌手がソロで歌ったのが最初です。 ハーフの綺麗な女性で、サビの部分、英語のくだりは発音が正確でした。

素敵な声で、甘く切なく歌うので、すっかり虜になったのを憶えています。

90年代にBB・クイーンズの房之助さんとMikeの敬子さんがデュエットでリメイク。こっちはヒットしましたね。

この曲聴くと、どうも反省モードになります。 「ごめんね。苦労ばかりさせたね」・・・・・絶対に言わないぞ。なめられたらおしまいだ。

君に告げよう Good-by morning

 

                                                                                       

 

 

 


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COCO

 

 

ココの香り、男心をくすぐりますね。 彼女の薄いフレアスカートが揺れるたびに、ふわっと鼻腔を襲うココ・シャネル。 成熟したアンニュイな女性に似合いそうです。

ご存知の方もおられると思いますが、パルファムを使う時は両方の内腿に。 やがて体温で温められた狂おしい香りが立ち昇ってまいります。

背徳の香り漂う中、せりあがるような波が押し寄せ、女の絶叫とともに果てる。 夢は尽きません。 

                

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砂に埋めた涙

冬の海岸でカメラを拾ったことがあります。 遠い遠い昔のことです。 フィルムが入っていたので、行きつけの写真屋で現像を頼みました。

カメラはオリンパスペン。 写っていたのは明るい表情の綺麗な20代後半とみられる女性と、やや野暮ったい、ずんぐりした無愛想な青年でした。

三脚が無かったようで、お互いに撮りっこしたようです。 その写真を友人の一人に見せたら「俺この人知ってるよ」と。 彼の勤務先の先輩でした。

女性も同じ職場でつい最近まで勤務していた人で、結婚退職されたのだそうです。 でも、そこには悲しいドラマが・・・。

 

ずんぐり男、その女性に恋い焦がれ、求婚していたそうです。女性のほうも悪い気はせず、デートの誘いに応じていたと。

しかし、女性に見合い話。相手は国立大卒にて自動車メーカー勤務+長身の男前。 負けました。 それで最後のデートをとずんぐり君に懇願され、海岸へ。

当時、「つきあう」というのは大抵の場合、清い交際でした。当然彼らも手をつなぐのがやっと。 その話をしてくれた友人によると、「あの女は男を見る目がない」と。

 

時が経ち、そのずんぐり君は住んでたアパートの大家さんの娘と結婚。そして、現在は当時の勤務先だった中小企業の社長を務めているそうです。

女性のほうはご亭主が脱サラで始めた事業が一時は軌道に乗ってルンルンだったようですが、不況の波に襲われ倒産。 亭主は従業員の女と不倫。

離婚して健康食品のセールスレディになった女性がしょっちゅう会社や自宅を訪ねてくるので、ずんぐり君は辟易。最後は毅然とお断りしたそうです。

あんなに好きだったのに? 時は何もかも風化させ、熱も奪い去るのです。  ずんぐり君、魅力的な笑顔の向こうの打算を見抜く理性は備えていました。

 

蛇足ですが、カメラを届けたお礼は田舎から送ってきたみかん一箱でした。瀬戸内海の大長みかん。とってもおいしいですよ。

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しばらくの間 テスト的な投稿となりますがご了承お願いします。

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歌詞の内容は、イーグルスのメンバーで当時29歳だったドン・ヘンリーが友人に宛てて書いたものだそうです。

映画は西部開拓時代の孤独なギャングを主人公にしたものでした。 この曲の主人公も、孤独で、刹那的に社会に背を向けている。そして、歳を重ね時代が変わり、否応なく社会とのかかわりのあり方を再考する時期に直面していきます。

イーグルスはこのような優しい目線で歌う曲が多いですね。

        (゜))<<


LOTUS さんの投稿 2015.03.24

これは、大変なことになりましたね。あの公安局長さんの奥様がブログになるとは。過去にあれだけ素晴らしい肢体を晒された奥様を、また拝見できるのは大ファンとして途方もない幸運です。期待いたします。

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